iCharlotteblueの備忘録(新)

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『すみれ光年』~『さまよえる成年のための吾妻ひでお』を手に取る前に

精液の海に沈んでいく少女。

私はまだ入手していないが、エキサイトレビューに吾妻ひでおの『さまよえる成年のための吾妻ひでお』記事が出た。

収録作品はほとんど持っているので、あわてて購入することもなかろうと構えていたのだが、

さて、「ハリウッドさん。映像化不可能とはこういう事です」とぎょっとする解説がされている、この本のトリとして掲載されている『すみれ光年』と言う作品。
読んだことない人はこれ、是非読んでください。本気で映像化不可能。
1982年に描かれた、マンガのマジックを見られます。

http://www.excite.co.jp/News/reviewbook/20130513/E1368385533264.html

という一文を見て選集自体は未読にも関わらず慌てて筆をとった。

『すみれ光年』は、いちばん、精液のにおいがする作品だ。
そんなの知らないはずなのに、まとわりつくような、ずっとまとわりついてくるような、そんな感覚があった。しばらく、気持ちが悪くなったのを覚えている。
選集にも掲載されている、『鎖』のような汗のにおいではない。
他の吾妻作品に出てくるような、無臭の美少女たちではない。

以下、『すみれ光年』の内容に言及する。
(『すみれ光年前史』という作品も合わせてあるのだが、あえてそれには触れない)



少女は学校の昼休み、校庭で唐突に異世界へ飛ばされる。
光景は元の世界のままだが、人間はひとりもいない。
そして、全ての「モノ」が「モノ」ではなくひとつひとつの生物だった。
この世界、そしてその生物は人間を奉仕するために存在する。
全てのモノにはペニスが生えており、少女はまず自転車にレイプされる。
破瓜した少女は多少知能が高いボールと出会い、上記の説明を聞くのだが、ボールも性交を求める。
その生物は人間と性交し射精することによって増える。もっと増えて人間に奉仕がしたいという。
少女は逃れることもできず、道路、電柱、家、水や食べ物にいたるまで、常にあらゆるモノと性交することになる。
少女に射精し子を増やす、モノ。人間のための世界なのにどうして人間はいないのかと少女は問う。
寝室にいた男と性交するが、その男も人間ではなくあの生物だった。
走りだす少女。せまりくるたくさんのペニス。逃げることはできない。
放心した少女の顔。



その生物は、人間と性交し射精することによって自ら分裂し、増える。
少女はただの器になる。なにも生み出すことはない。
生殖の役に立たない異物の精液だけが体内に満たされていくのだ。
そしてあらゆるモノとつねに性交し続けなければならない。増え続けるモノ、世界。溢れ出る精液、少女の身体はその世界と一体となる。
無機物、モノと生物との性交は筒井康隆『虚構船団』を思わせる。無機物の性のにおいは共通項があるのではないか、いや、こちらは様々なモノの形をした同種の生物だが。
現実性は全くない物語にかかわらず、強烈な不安感に襲われる。
不条理と絶望がにおいと共にまとわりつく感覚、これは、たしかに映像化不可能だ。
吾妻ひでおの絵だからこそ、このにおいは伝わるのだと思う。

http://i-charlotteblue.tumblr.com/post/50439774036